久しぶりにノートパソコンのキーボードに触れています。renです。
久しぶりにノートパソコンのキーボードに触れているということは、久しぶりに日記を更新しているということに他なりません。そういえば、前回日記を更新したのは雪が降っていたときだと思います。昨日今日も雪が降りましたね。もう、雪が降ったら日記を更新するってことでいいんじゃないんですか。…夏場どうするの。
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『涼宮ハルヒの消失』を見に行ってきました。
消失を見に行くまで非常に長い道のり*1だったんですが、またそれは余裕があったら語ろうと思います。それよりも内容に言及して、renの知的さについて大いにアピールしていこうと思います。というふりをして、知的アピール崩れを狙っていくかわいい子作戦です。
僕が内容について触れる前に。
>『涼宮ハルヒの消失』感想――すれ違いのユキ、そしてハルヒとキョンの物語であるということ。
http://teitodiary.blog63.fc2.com/blog-entry-507.html
≪幻惑の指導者≫Keiさんが消失に関する記事を書かれてました。
軽く斜め読みしたのですが、僕が書きたいと思ったことがもっと的確に分析的に書かれているようです。
ここまで書かれてるんだから、正直、「僕、日記更新する必要ないんじゃない?」と思いました。が、僕が僕の頭の中を整理するために、消失についてひとことふたこと書きたいと思います。そのために、Keiさんの記事はあんまりじっくり読んでいません。人の記事をじっくり読むと、僕自身が影響されてしまって似たようなことしか書けなくなってしまうからです。という言い訳なのか宣言なのかよく分からない注意をここに書いておきます。
さて。
<<<<<<!ここからネタばれ入るよ!>>>>>>
消失アニメは、なんかこう「京アニの本気キタコレ!」とか「自意識空間すごい!」とか「あさくらのあしはとてもふといな!」とか触れるところが色々あったりで、非常に密度の高いものでした。斬新な演出ではなかったけど、アニメーションの良さを最大限に引き出された京アニクオリティという感じ。僕は原作読んでる組でしたが、終盤の「ナイフ・朝倉」の存在をすっかり忘れていて、まさかNice boat!がハルヒで起こるとは思いませんでしたよ。はは。あの女、ナイフと鮮血似合いすぎでしょ。
と、色々触れるところはあるんですが、僕が言いたいのはその辺じゃなくて。
「キョンの選択」と「キョンにとってのハルヒ、長門の関係性」辺りに絞って何か言いたいと思います。
難しいことを書くのは苦手なので、基本事項からおさらいします。
まずは。改変後の世界は長門の希望であり、長門がキョンにつきつけた問いは「長門とハルヒ、どちらを選ぶか」だったということです。
これは説明するまでもないと思います。キョンが作中で長門のバグを「感情」と説明づけている通り、改変後の世界は長門の希望です。ところで、改変後の世界の北高にはハルヒがいません。みくる、鶴屋さん、長門といった面々は北高に在籍しているにも関わらずです。もし、改変の目的が「SOS団の面々の(宇宙人、未来人、超能力者的)特殊能力をなくして、平凡な世界に戻す」であったら、ハルヒをキョンのいる北高から遠ざける必要はまったくありません。つまり、長門はキョンからハルヒを意図的に遠ざけたわけで、キョンの隣にハルヒがいない世界が長門の希望だったのは明確でしょう。
しかし、長門はキョンに「元の世界に戻るか否か」という選択権をつきつけます。これは「ハルヒが傍にいる改変前の世界」か「長門が傍にいる改変後の世界」かの選択の迫っている、というのは自明だと思います。ですが、これは重要です。大事なのでもう一度言います。長門がキョンにつきつけた問いは「長門とハルヒ、どちらを選ぶか」です。
アニメに触れる前に原作の話をします。
原作では、この長門がつきつけた問いにキョンはどう答えたか。結果を言えば、キョンは改変前の世界に戻ることを望みます。しかし、この答えの理由は「長門とハルヒ、どちらを選ぶか」ではなく、「平凡な世界と非日常的な世界のどちらを選ぶか」だったのです。
すなわち、「長門が宇宙人でない読書少女、みくるは可愛いだけの高校生、古泉は勉強のできるイケメン少年、ハルヒはちょっと変わった不機嫌女子高生」でしかない平凡な世界と、今までの「長門が宇宙人、みくるが未来人、古泉は超能力者、そしてハルヒは超人」の世界のどちらを選ぶかの軸で選択をしたということです。言い換えれば、キョンは「日常/非日常」の軸で答えを出し、ハルヒと長門をSOS団団員の「仲間」と認識することで「ハルヒ/長門」の選択を回避したわけです。
これは説明するまでもないでしょう。キョンの独白を聞いていれば、すべて説明してくれています。だから、僕が原作の消失を読んだ時は、どうしようもないもやもやがあったんですよね。「仲間として非日常を楽しもう!」は「ハルヒ/長門」選択の回避であって、ハルヒと長門の衝突の何の解決も提示していないのです。いつか訪れるハルヒVS長門の構図を先延ばしにしただけでした。原作はそこもっと描くべきだったんじゃないのーと。
まあ、ここまでは誰もが考えた話だと思います。
2chあたりの感想スレでも「エンタキーを押すか否かは何を意味するか」の議論はありましたしね。長々と説明しましたが、あくまで原作の基本事項の確認です。ここでコンセンサスが得られてないと次の話に進めないので……。ちょっと整理します。
長門がキョンにつきつけた問いは二層のレイヤーから構成されていた。
一層目は、「長門とハルヒのどちらを選択するか」。
二層目は、「日常と非日常のどちらを選択するか」。
長門がキョンに投げかけたのは一層目であり、キョンが下した選択は二層目だった。
二層目に回答することで、キョンは一層目の「ハルヒ/長門」選択を(無意識的に)回避した。
さて、やっとアニメの話に入れます。
では、アニメではどうだったのでしょうか。実はアニメでも同じことをやっていました。(あれ?)
ハルヒのアニメシリーズがそもそも原作準拠で作られており、今回の劇場版消失も例外ではありませんでした。すなわち、長門の問いは「長門とハルヒのどちらを選択するか」であり、キョンの答えは「日常と非日常のどちらを選択するか」だったんですね。そして、キョンは非日常を選択して元の世界に戻ってくる。まさにその筋書きでした。
でも、本当にそうだったのか?と僕は問いました。
キョンが「ハルヒ/長門」の選択を回避する話だったのに、どうしてこの映画の終わりはこんなに切なくて悲しいの?と疑問でならなかったんです。
もちろん、感受性の問題で、僕がそう感じただけなのかもしれません。屋上の雪のシーンの長門に妙な悲壮感が見えたのは、僕が演出意図を取り違えているだけなのかもしれません。「ハッピーエンドだ!」と思う人にはそう映ったのかもしれません。けれど、アニメの方には原作以上の何かがあった気がしたんです。なので昨日、寝ながらしっとりしっとりと考えてみました。そうしたら、結論らしいものが出たんですよ。
まず、原作を読んでいた時には感じられなかったことを挙げて行きたいと思います。
キョンが改変前の世界に戻りたがる動機の中心に、いつもハルヒがいたことです。世界が改変されていくことに気付く直接のきっかけは、「ハルヒが北高にいないこと」であったし、改変後の世界のハルヒを発見したキョンのリアクションは過剰に演出されていました。また、キョンが改変後世界の長門を初めて訪ねたとき、尋ねたことは「涼宮ハルヒを知っているか?」でした。さらに、キョンはSOS団の面々を文芸部室に連れてくることになるわけですが、文芸部室に全員を集めたのはハルヒです。アニメ版のキョンの心の中には原作以上にハルヒがいました。
ここで一歩飛躍して、僕はこう考えます。キョンの選択は「日常と非日常のどちらを選択するか」だけではなく「長門とハルヒのどちらを選択するか」を含んでいたのではないか?と。キョンは非日常を選ぶとともに、ハルヒを選択したんじゃないかと。
本当に、そう思わされるくらいアニメ版消失にはハルヒの存在感があったんですよね。消失は、原作を読む限り「長門の物語」であるはずなのに、アニメ版ではハルヒがひょこひょこ現れるんですよ。キョンが病院のベッドで目を覚ますシーンにしても、キョンは寝ているハルヒの顔を撫でましたよね。起きたハルヒは、キョンの「心配かけて悪かった」という言葉に赤面しますよね。ここに、ハルヒ-キョンの絆を見せられた気がします。
ハルヒスキーの僕だから分かりますけど、アニメのハルヒシリーズでハルヒがキョンに大して明確に照れる(赤面する)シーンって一つもないんですよ。ハルヒはツンデレのくせに、ツンデレ特有の照れ屋でもなんでもないんですよ。だから、ハルヒが赤面するという演出は僕の中で衝撃だったんです。
もう一度言います。原作とは違って、アニメ版キョンの心にはハルヒがいた。
もちろん、「長門/ハルヒ」選択をキョンは意識的にはしていません。しかし、上でも書いた通り、その二人の中でハルヒを選択することはアニメ消失内で明示されていましたと思います。つまり、劇場版「涼宮ハルヒの消失」は長門の物語ではなく、あくまでハルヒ-キョンの物語だったというわけです。原作では回避されていた二層目の問いの答えが、京アニの再解釈で盛り込まれていたんです。
ここでちょっと話は逸れますが、僕の憶測の話を挟みます。
さきほどから、「長門がキョンに問いかけそれをキョンが答える」ということを書いていますが、その答え方にも言及すべきだと思います。というのも、長門の投げかけた「元の世界に戻る/戻らない」選択に、キョンは二度答えてるんですよね。上映中、僕はここに深い意味合いを感じました。
一度目は、時空改変プログラムのエンターキーを押すか押さないか。
二度目は、長門に銃を向ける前のキョンの自意識空間。通常であれば、一度目で十分です。しかし、『消失』ではこれを二度見せてきた。しかも、一度目はほとんど葛藤することなくエンターキーを押します。二度目になって、初めて葛藤らしいものを独特の演出を交えて見せました。これは何故でしょうか。僕はこう解釈しました。
一度目は一層目の問い「長門とハルヒのどちらを選択するか」に答え、二度目は二層目の問い「日常と非日常のどちらを選択するか」に答えたんじゃないかと。
別階層の問いそれぞれに明確に答えさせるために、わざわざ二度解答するシーンを挟んだんじゃないかと考えたわけです。一度目の解答は場面そのものがハルヒによってもたらされたもので、「ハルヒ」というイメージのもと、された選択でした。二度目の選択場面になって、初めてキョンは「日常/非日常」の選択について自問します。つまり、こういうことだったんじゃないかなーと。
これは確証なるものが薄いので、自信を持って言えないのですが……。いずれにせよ、この解答機会が二度あったことは考慮にいれるべきことだと思います。
元の話に戻ります。アニメ版キョンは、ハルヒを選びました。
言い換えれば、長門は選ばれなかったわけですね。
しかし、改変世界の長門(=キョンの特別な人としての長門)は拒否されたが、改変後の世界の長門(=SOS団の仲間としての長門)は肯定されました。長門に銃を向ける直前、キョンが「元の長門でいて欲しい」云々を明確に口にしますし、自意識空間で自問する中でも「非日常存在としての長門」や「SOS団の仲間としての長門」を肯定します。これがまた、長門-キョンの関係を複雑にしているんですよね。
それを踏まえて考えてみると、最後の屋上のシーンからの流れもよく理解できます。
屋上のシーンでキョンに会いにきた長門は、改変前の長門と大きく違います。前者は「ハルヒとその周りにいるキョンの観察者」ですが、後者は「自分がキョンにとって特別な存在であってほしいと願ったが、拒絶された長門」です。「最後の方のみのりんの演技が違って聞こえた」という意見をスレで見かけたのですが、この相違を意識的に演出として盛り込んだんじゃないかなと僕は思っています。
そして、キョンは長門に上着とフードを被せて、優しい視線を長門に投げながら「お前がいなくなったら、ハルヒを焚き付けて全宇宙をひっくり返してもお前を取り戻しに行く。お前は仲間だ」と宣言しますね。切ないじゃないですか。だってこれ、「恋人としては選べないけど、大切な友達です」と言われているのと同じなんですよ。長門が「恋」を意識しているかどうかは分からないので、「恋人」という言葉を使ってしまうのは確かに乱暴ですが、構図は同じですよね。
つまり、屋上の長門は「意中の人に選ばれなかったけど、友達として優しい言葉をかけられる」という場面にいるわけです。僕が長門なら「これ以上優しい言葉をかけないでよ!」と怒鳴りたいですよ(笑)。まさにそういうシーン。
好き勝手書いたので、最後に言いたいことを言いましょう。
最後(屋上のシーンの流れ)の悲壮感は、失恋の痛み。
それで尚、キョンは長門を事実上ふったことに自覚がない。だから、長門に(友達、仲間として)精一杯優しく接する。ここにキョンと長門の心理的すれ違いが見える気がして、またさらに長門が可哀想で報われないんですよね。
以上、だらだらと書きましたがこれが僕の解釈です。タイトルに○○と書きましたが、もし僕がここに何かを入れるとすれば、「失恋」が入るだろうなと思います。
結論:劇場版『涼宮ハルヒの消失』は、『長門有希の失恋』だった!
なんか普通の答えになっちゃいましたけど。
あーせつないなあ…。
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追記
『涼宮ハルヒの消失』 緊急脱出プログラム場面の解釈について
http://yunakiti.blog79.fc2.com/blog-entry-4655.htmlあれ、なんでこんなに解釈割れてるの?僕の結論は「こうとしか読み取れない」「改まって書く意味あるのか」っていう結論だと思ったのに…。
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あ、まとめるの忘れてた(笑)。感情的に文章書きなぐっていて全然論理的じゃないので、要約だけまとめておきます。
原作の『消失』
長門がキョンにつきつけた問いは二層のレイヤーから構成されていた。
一層目は、「長門とハルヒのどちらを選択するか」。
二層目は、「日常と非日常のどちらを選択するか」。
長門がキョンに投げかけたのは一層目であり、キョンが下した選択は二層目だった。
二層目に回答することで、キョンは一層目の「ハルヒ/長門」選択を(無意識的に)回避した。
アニメの『消失』
長門がキョンにつきつけた問いは二層のレイヤーから構成されていた。
一層目は、「長門とハルヒのどちらを選択するか」。
二層目は、「日常と非日常のどちらを選択するか」。
長門がキョンに投げかけたのは一層目であり、キョンが下した選択は二層目だった。
しかし、キョンは一層目の問いに(無意識的に)ハルヒを選択した。
長門は、二層目の問いに関連して「仲間として」だけ許容された。
よって、消失は長門の失恋の物語。
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ついでに蛇足、気付いたことなど。
○朝倉関連。
あしまじふといよね。
それはともかく、朝倉のナイフ登場シーンは心底驚きました(二度目)。あれの上手さは、改変後の世界の日常パートで「普通の」朝倉を登場させていることだと思います。ながるんはちゃんと、朝倉登場の伏線を張っていたこと。これが上手いな、と思わせられました。
それに関連してなんですが、キョンを刺す朝倉はどの朝倉なんでしょうね。どれかによって、朝倉が長門を守る動機やら色々解釈が変わってくると思うんですが、いまいち結論が出ない。
①一般人朝倉(改変後長門と同様)
②宇宙人的能力を持ち、世界改変の事情を知る朝倉
③宇宙人的能力を持たず、世界改変の事情を知る朝倉
①とすると、朝倉が長門を守る理由が分からなくなりますよね。「おっとり長門が無口長門に戻ることで、朝倉の存在が消える」という事情を知らないことになりますし、それを阻止するためにキョンを刺すという動機付けは消滅します。単に「長門さんうふふ…」のヤンデレ朝倉になってしまいます。
②とすると、情報統合思念体が存在しないのに能力者?という疑問。それから、長門が望んだ改変世界は「不思議(宇宙人的能力含む)の存在しない世界」ですから、それとも矛盾するような。
③とすると、①と②の矛盾点が回避されて一応説明はつくのかな?でも分かりづらいです。
○鶴屋さん
鶴屋さん、実はかわいいことに気付きました。構われたい。
○しおりと入部届けのメタファー
長門のメッセージが書かれたしおりは「改変前世界」、入部届けは「改変後世界」のメタファーになってて、へーって思いました。キョンがエンターキーを押す直前、キョンはしおりを落とします。それを改変後長門に拾わさせずに、自分で拾う。そして入部届けを返す。ほーって思いました。改札でしおりが出てくるシーンもすごいですね。
○キョンの自意識空間
わーエヴァだー!って思ったのは僕だけじゃないはず。まあ、もはや使い古されてエヴァだけでもないんですが…。
○レイトショーだった
詳細は省きますが、深夜アニメ時間に見に行きました。人がいっぱいいました。なんでなの。
前の席の人がモバツイ*2でPOSTしていて、ははあ…なるほどな、と思った次第です。
長く書きすぎて疲れたのでこの辺で…。
